父とシカ

私の父は新しいものが好きではない。

しかし、仕事では、歴史を大切にし、新しいものを取り入れることの大切さを新年の訓示で述べているのだから摩訶不思議である。その父が見たこともない生のシカ肉(心臓)と対面したのだから一大事である。

私は数年前に初めて猟に同行させていただいた。その際、ハンタ‐の方に仕留めたシカの心臓をいただいた。

シカの心臓をそのまま持って帰ってきて驚かない親もいないと思うが、父は娘が持ち帰った見たこともない食べ物(シカの心臓)を見て身構え、文句を言う。いつものことだ。見かねた母は自ら無言で心臓を洗い包丁を入れたが、血が想像以上に溢れ出てくるのでキャーキャーと言い始め、うるさいので父が交代して包丁を入れた。案の定父もギャーギャーと言うので最後は私が包丁を入れた。居酒屋で食べるハツを模し、細かく切って焼いた。

やがて食べるときがきた。3人共に、シカの心臓へ包丁を入れたためか、それぞれが命をいただくという責任を自然と持った。信仰心の欠片もない我が家の食卓で、手を合わせ何度もいただきますと声にだしてから、塩とこしょうで味付けをした肉をいただいた。

あの日ほど感謝の心を持って食事をした日はなかったのではないだろうか。以来、我が家の食卓ではシカ肉がよく出てくる。父は相変わらず文句をいっているが、よく食べているところからすると嫌いではないようである。父が一番好きなシカ肉料理は釧路にある某ホテルのシェフが作ったものすべてである。シェフが作ったシカ料理は何でも美味しいという(本当に美味しいのだから当たり前であるが)。今年のお正月はシカのワイン煮込みを食べて満足したようだ。

会員K

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