複雑ないきもの

今年の春、仕事中になにかを一生懸命食べるヒグマに出会った。

道路からあまりにも近いところだったので、お食事中のヒグマには申し訳なかったが、

そこからは立ち退いていただき、そのごちそうを回収しようと確認したところ…

 

そこにあったのは、死んでしまったエゾシカの親子の姿だった。

親子は、道路際に建てられた柵と石垣の間にはさまっていた。

どういうわけでそこにはさまったのか、知るすべもないが、

とにかく親子は体を重ねて、そこで命を落としていた。

 

その場に一緒にいた同僚が、「オレは何かにはさまったまま死んでいくの、やだな…」

とつぶやいた。

 

這い上がろうともがき、しかし抜けだせず、ただひたすら餓えて死んでいくのを

待たなければならなかったエゾシカのことを想いながら、

確かに私も、何かにはさまって死んでいくのはいやだな、と思った。

そして、そのエゾシカの親子に同情した。

 

ところで、私もまだまだ新米ではあるが

エゾシカを獲りに狩猟に出かけることがある。

 

そんなとき、銃で撃たれるエゾシカへ同情することがあるだろうか。

いや、ない。

命をいただくことに感謝はするが、引き金をひくときに狙う相手、エゾシカに

同情する余裕など、まったくない。

ただひたすら、相手を仕留めることだけに集中し、

とり逃せばくやしいし、仕留めることができたら、その時はとてもうれしい。

 

 

ある時は、死にゆくシカに同情し、

そしてある時は、自らの手によりその命をいただく。

 

人は、複雑ないきものだな、と改めて感じさせられた出来ごとであった。

 会員Y

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